アイコンアイコン Avril 2000 Kyoto 3 アイコンアイコン

京都旅行の最終日。
終わり良ければ全て良し・・・とは行きませんでした(笑)


Le carnet d'adresses (JAPON)

ライン

 Mercredi 19 avril 2000  終日京都観光→私の実家へ帰宅

今日は京都最終日。
まず荷造りをしてチェックアウトをしました。
やっぱりラグジュアリーホテルとして名の知れた都ホテルだけあって、常に快適でした。
しかもチェックアウト後の荷物を預かってくれるだけではなくて、京都駅引渡しにしてくれるのです。
戻ってこなくて済むと言うのは旅行者にとって大きいですよね…。
又今度も泊まりたいです。

今日は清水寺を見て、錦市場でしこたまお土産の買い物をする予定。
早速清水に向かいました。
タクシーで取りあえず、『二年坂』の入り口でおろしてもらいました。
まだ朝早くなので殆ど誰も観光客はいなくて、お店も開けたばかりと言う感じで、しんとしています。
京都の朝の空気って独特な感じがして気持ちが良いです。
道の両脇には小さな和食器のお店や美味しそうな食材のお店などが沢山あります。
今思えばすでにこの時から体調がおかしかったのですが(詳しくは後で)、一旦二年坂に降り立った私は、もうあっちにちょこちょこ、こっちにちょこちょこでなかなか進みません。
オットも私の和食器好き(洋食器もなんですけど、どっちかというと和食器好き)は知っているので『もう好きにして良いよ…』って半場諦め顔でした。
ですから私はお散歩に出た犬がリードをはずしてもらったようなもの(爆)
でもオットも結局は一緒になって夢中になってしまうので…。
[2000-4kyoto71.jpg]

二年坂の入り口にて。

しかも今回は最初からつまづいてしまいました。
いやつまづきと言うとあまり良い感じがしませんね。
つまづきと言うよりもはまってしまったというか…。
二年坂の入り口近くに美味しそうなちりめんじゃこを売っているお店があって、引き寄せられるように暖簾をくぐってしまったら最後、そこで
30分ほど吟味してしまったので…。
そこは『料亭 高月』のお店で京佃煮の専門店。
特にちりめんじゃこが充実していて、きさくな女将が色々と試食させてくれるので、すっかりくつろいでしまいました。
お茶まで出してもらってしまって…(笑)
ちりめんなんて、本当に久しぶりで感激してしまいました。
しかもさすが料亭の職人さんが作ったもの。
極上の味で、次から次に出される全ての種類を買いたくなってしまって本当に困りました。
まるで人生の決断を迫られている心境でした(笑)
あと、女将が『これはうちのお勧めなのよ』と舐めさせてくれた『鱧みそ』は本当に天国の味で、2人であまりの美味しさにハンマーで頭をガツンと殴られたようでくらくらして、本当にふらふらしてしまい、女将に笑われたほど。
で結局私達がパリに持って帰る用と、お互いの実家用と大量に買いこんで、ク―ル宅急便で私の実家に送ってもらうように手配してもらいました。
もちろん、鱧みそも!!

[2000-4kyoto72.jpg]

私達がお醤油入れを買ったお店。
その後もこんな調子であっちにふらふらこっちにふらふら…
でも旅行の前から京都で清水焼の醤油入れを買おうと決めていたので、それを求めてと言う感じでしたけど。
私の心の中では、『あら良くば他の物も…』なんて思って物色していたのですが、いいなぁと思うものはさすがに高くてとても手が出ませんでした。
でも食器屋さんを見て歩くのは本当に楽しいです。
今度は、ゆっくりと和食器を探すのを目的に来てみたいです。
結局お互いの意見が合って、無事にお醤油入れも買えました。


それから清水坂の有名な七味屋でも、もちろん、買いこみました。
(でもパリに帰ってから開けてみたら、七味のはずなのに、山椒の割合が多過ぎの気が…。前に買ったときはこんなじゃなかったのに…。ちょっと失敗だった??!!)

オットは、『女の人ってどうして京都に来ると買い物したがるんだろうね?』と不思議がっていましたけど。
うーん…なんでしょうね??
つい買い物モードにスイッチが入ってしまうんですよね(笑)
私ですら、既に行きの新幹線の中で買物リストを見ながら、『よ〜し、買うわよ〜!!』と気合入ってしまったものね。



さて、私がふらふらしていたおかげで、お寺に辿り着く前にすっかり
11時半位になってしまいました。
オットが『お腹空いたら、空いている今の時間帯に先にお昼を食べてから、空いている時に清水に行こうよ』と言うので、即お昼にしました。
今日は朝が早かった上にパンとコーヒーだけだったので、確かにお腹が空いてしまっていました。
で、清水坂の丁度七味屋の先位のお店に飛び込んでみました。
ガイドブックには載っていないような普通のお豆腐料理のお店でしたけど、十分美味しかったです。
根菜類も充実していたし、お豆腐もやっぱり美味しかったし…。
そうそう、京都のお店ってご飯そのものが美味しいですよね。
ご飯が美味しいから、おかずも美味しいと感じるんですね。
これは今回の旅行で新鮮な発見でした。


その後、清水坂を登って、清水寺に向かいました。
しかもお店を出た途端に雨が降り始めました。
それも結構激しくて、一瞬どこかで雨宿りしようかとひるんでしまうくらいでした。
清水寺は私は中学校の修学旅行でクラス行動で来た時以来です。
『清水の舞台』で知られる清水寺は
778年に延鎮上人が開山し、798年に征夷大将軍となった坂上田村麻呂が創建したとされる古刹。
北法相宗の総本山で、西国三十三所観音霊場第
16番札所。
火災や紛争などで焼失を繰り返したものの、江戸時代に
3代将軍徳川家光の援助により、本堂(国宝)をはじめ、多くの堂宇が復興されました。
音羽山の山腹に広がる境内には、仁王門をはじめ、三重塔、阿弥陀堂(いずれも重文)など数多くの建物がそびえています。
現在世界遺産に登録されています。

今回清水に来たのには訳がというか、目的がありました。
本堂の奥深くに鎮座まします、秘蔵の本尊『十一面千手観音像』―清水型と呼ばれる独特のもので、観音経の教えに基づいて33年に一度公開され、今年がその33年目で3/312/3まで開扉されるのです。
こんなチャンスは又と無いので、必ず観音様に会いに行こうと決めていたのでした。
それにしても大変な混雑で、まるで上野のパンダ状態でした(笑)
だって、『立ち止まらないで下さい!!』って言われるんですよ(笑)
私たちは警備兼説明員の人を無理矢理捕まえて、説明を聞いている振りをしつつじっくり見れましたけどね。
なにしろ普段は御簾すら上がらないような貴重な観音様ですから。
正式に言うと千眼千手観音様で、2本の手を上に上げてるのが珍しいんだそうです。
それにしても、脇侍のお地蔵様には驚かされましたね。
こちらのほうが珍しいんじゃないでしょうか?
でも何て言うか…実際に見た方で無いと分からないのでしょうが、心に恐怖と慈父の気持ちが交互に沸くような感じでした。
残念ながら撮影禁止のためお見せできないのが残念です。
興味がある人は、あと33年頑張って待ってください(笑)

[2000-4kyoto73.jpg]

これらはやはり清水の伝統的儀式に使われた物なんですが、詳しくは忘れてしまいました。
今調べています(笑)
[2000-4kyoto74.jpg] [2000-4kyoto75.jpg] [2000-4kyoto76.JPG]

雨に濡れた清水の舞台をバックに・・・。
今見るとすでに病人顔の私・・・(笑)


その後は、雨が余りにもひどく降ってきたので、タクシーで錦市場に行きました。
『京の台所』と言われる錦市場は、錦小路通の寺町と高倉間の約390m
道幅3.2mという狭い路地に140もの店が軒を連ねています。
錦市場の歴史は古く、開設されたのはなんと約400年前、豊臣秀吉の時代といわれています。
この地は人口が密集し、綺麗な地下水が豊富に涌き出ていた為、自然と魚鳥の市場になったとか。
本格的に魚市場になったのは江戸時代に入ってからで、元和年間(
1615〜24)に幕府から魚問屋の称号が許されて、万冶・寛文年間(1658〜73)の頃には上の店、六条の店と並ぶ、三大魚問屋の1つとして繁盛しました。
その後、野菜の市も立つようになり、今の形態になっていったと言われています。

足元には美しい御影石が敷き詰められて、人々の熱気のせいか、雨に濡れた御影石からほのかに蒸気が立ち上っていました。
丁度夕飯の買物時でしょうか…あちらこちらから威勢の言い掛け声が飛び交い、美味しそうな匂いがあちらこちらに漂っています。
錦市場で京野菜の漬物と京味噌を最低買うつもりだったので、早速色々と覗いてみました。
食材はもちろん、食材を扱う為の道具類もあり、見ていて飽きません。
本当は有名な『有次』でやなぎば包丁や雪平鍋とか買いたかったんですが、予算等の関係で今回は断念…。
でも最近頻繁に魚をおろすようになったので、『せめてやなぎば位はやっぱり買えば良かったかな・・・』と後で後悔したのですが(笑)
後は、予定どおり、京野菜のお漬物とお味噌を買い込みました。
漬物は何軒もはしごして味見しておいて、結局買ったのは1軒だけ。
でもその1軒が一番美味しかったからです。(他のお店の方々ごめんなさい…)
特に菜の花の漬物と、ミズナの漬物が美味しかったです。
お味噌も八丁味噌と白味噌両方買って帰りました。
(あまり日保ちしないので小さいのを買ったのですが、美味しくてあっという間に使ってしまいました。)
本当は生麩も買って帰りたかったのですが、さすがに日保ちしない物なので諦めました。
まぁ、さっき美味しいちりめんじゃこも沢山買ったしな…。


その後は、お菓子等を買いに歩いて祇園に戻りました。
で、鍵善で竹筒に入った水羊羹や綺麗な生菓子を買ったり、お土産の干菓子を買ったり…。
その後、まだ新幹線の時間まではかなりあったのですが、何故か私が異様にだるくて疲れてしまい、お土産も全部買ったので京都駅に向かいました。
荷物の引取りが
6時までだったので、取りあえず引き取ってからコインロッカーに移し、駅ビルの食料品売り場に行きました。
『帰りの新幹線の中で食べる物を駅ビルの食料品売り場で買おうね』と前から言っていたので(笑)
本当に私達って食べ物のこととなると真剣になってしまうんですよね…お恥ずかしい。
で、さばの押し寿しとか、おばんざいを各種とか色々と買い込み、それでも時間がかなり余ってしまったので、オットは駅ビルを探検しようと言い出しました。
でも私は珍しく本当にだるくて…。
[2000-4kyoto70.jpg]

祇園に戻ったついでに、歌舞伎座をパチリ。
雨に濡れた歌舞伎座はいかが?
うーん…きっと飲み続けている花粉症の薬のせいだろう…と思い深く考えていなかったんですけど…
とにかく一歩も動けないほど疲れてしまっていて、お茶をすることになりました。
駅ビルの中の甘味処なんですけど、オットは嬉しそうに抹茶パフェのようなものを頼んでいました。
でも私は本当に珍しく触手が動かず、一番軽くて小さい、季節の和菓子&抹茶にしました。
さすがにオットもびっくりしていましたが(爆)
いかに普段私が食べているか…ははは…
うーん…3日間はしゃぎ過ぎたつけが今ごろ回ってきたのかな?
それとも花粉症の薬の副作用かな…??
ちょっと反省してしまいました…

で、それでも時間が多少余ってしまったので、駅の本屋さんを覗いたり、更にお土産を物色したり…。
そうそう、京都の地ビールって言うのを買ってみましたよ。
私はさすがにだるかったので飲まなかったのですが、オットが新幹線の中で飲んだらやっぱり美味しいって言っていました。
お水が綺麗だと何でも美味しいのでしょうかね。
私はご飯を食べ終わった後泥沼に引きずり込まれるよに眠り込んでしまいました。
結局新幹線が東京駅についたのは10時半過ぎで私の実家には12時位に帰りました。
疲れていたし、遅い時間だったのに、母とオットと3人で鍵善の生菓子を食べてしまった私って一体…??(笑)
しかも『生菓子は固くなったら美味しくないのよ』なんて言い訳しながらね(爆)
それにしても充実した京都旅行でした。
相変わらず食べてばかりの旅行でしたが、それでも日本文化と言うか日本美術にどっぷりつかった3日間でしたし、桜も沢山見れたしで大満足でした。
花粉症は辛かったけど、薬飲んで頑張った甲斐がありました…

…なーんて言っていたらやっぱり次の日風邪を引きまして…(笑)
いや多分旅行中既にひいてはいたんでしょうけど…
旅行から帰ってきた次の日の朝、とても熱っぽくだるかったんで熱を計ったんですが、家の体温計が壊れていて、全く無しだったんです。
それで『大丈夫かな…、薬の副作用かな??』と出かけて、約束していた友達と会ったんだけど、もうだんだん意識が遠ざかって行くんですよね。
で、友達とは夕方別れて、夜はオットの高校時代の友人と一緒に飲むことになっていて待ち合わせの有楽町まで取りあえず行ったんですけど、激しい悪寒と吐き気とでとてもふらふらで立っていられなくて、一人で帰ることにしました。
帰りの電車の中はもう何度も意識が遠ざかり…
そう…どうみても顔が真っ青でふらふらの病人なのに誰も席を譲ってくれないのにはちょっとした驚きもありました。
でも、それよりも驚いたのは、もう立っていられなくなって、自分の前に座っている同じ年くらいの女性に『申し訳無いんですが、熱があるようでふらつくので席を譲ってもらえないか』と恥をしのんでお願いしたんですが、けんもほろろに断られてしまいました。
『なんで私があなたに譲らなきゃ行けないの??!!それにあなたが熱があるなんてどこに証拠があるのよ!!』等々と叫ばれてしまって…。
周りの人は関わらないように目をそらすし…。
パリでは普段から妊婦や病人、老人に席を譲るのが当たり前になっているので、それに慣れてしまっていた私は甘かったみたいですね。
で、なんとか最寄駅から家までタクシーで帰り、別の体温計で計ったらやっぱり40度近く熱がありました(笑)
なかなか下がらない上に、上からも下からも栄養分が排出されてしまう状態だったので(笑)、月曜日の飛行機に乗るために金曜日から前日までずっと点滴していました。
せっかく元のボスと奥様とお食事をさせて頂くことになっていたのに、もちろんキャンセル。
祖父母の家に遊びに行くのもキャンセルになってしまいました
しかもこっちに帰ってきてからもしばらくは安静にしていました。

日本から帰ってからの1週間はさすがに辛かったです。
さすがにこんなに辛い風邪は久しぶりで、死んでしまうかと思うくらいでした(笑)
当時子供の間で風邪が流行っていたらしくて、最初に病院に行ったときに内科が混んでいて見てもらえずにいろいろと回されて最後にやっと脳外科医の先生に見てもらって…(風邪くらいなら誰が見ても大丈夫といわれ、『処方箋は医師じゃないとかけないので』っ言われる位混んでいたんです)
まぁ、先生がいうには2年間も日本を離れていたら免疫がなくなって子供の風邪を拾ってしまっても不思議じゃないと。
かなり上からも下からも栄養分&水分が排出されていたようで通常2時間〜3時間かけて入れる点滴が1時間で終わってしまいました。
それにしても倒れたのが自分の実家だったのとオットにうつらなくて良かったです。
彼は帰国した次の日から1週間自分が主催する会議続きだったので。
最後はトホホで思い残すことが沢山あったけど、久しぶりの日本のおいしい食事も京都で食べられたのでよかったです。
それにしても豆腐はどこで食べても大変美味しかったです。
変な話ですが、京都にいる間は根菜類とか豆腐ばかり食べていたので、お通じが大変良かったです。
トイレを良く探してしまいました(笑)
おばんざいも懐石も又行きたい!!というくらい美味しかったです。


さて、皆さんのGWはいかがでしたか?
ヨーロッパには残念ながらGWはありませんが、そのかわり、夏のバカンスはみんな34週間、78月に取りますし、それ以外にもイースター(復活祭)の前後やクリスマスの前後に大体1週間休むので日本よりも充実しているかも。
うちは休んだことがないのですけどね。
私たち日本人駐在員は現地人のようには休めないけどそれでも夏のバカンスは今年は4週間もらえたので楽しみです。

ヨーロッパは国によって祝日が違うんですけど、うちの会社はベルギーがヨーロッパ本社なので、ベルギー主催の会議があるとたとえフランスが祝日でも関係ないところがつらいですね。
たとえば、今度の月曜日は第一次世界大戦の戦勝記念日なんですが、ベルギーとドイツは関係ないんですよ。
なのでだんなさまはかわいそうにせっかくの3連休を犠牲にしてベルギーに出張です。

パリも大分日が高くなってきて、気持ちがいい季節になりました。
こっちでも同じように藤の花が満開です。

では、また。



Le carnet d'adresses (JAPON)へ
 

ライン

Juin 2000 Riviera(ITALY)@へ
Avril 2000 Kyoto(Japon)Aへ
Mon Voyage! Topへ